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朝日新聞厚生文化事業団トップページ 最新のお知らせ オンライン講演会「学校現場における発達障害支援のこれから ~これから、ともに学ぶために」を開催しました。

これまでの活動

オンライン講演会「学校現場における発達障害支援のこれから
~これから、ともに学ぶために」を開催しました。

2月19日(土)にオンライン講演会「学校現場における発達障害支援のこれから~これから、ともに学ぶために」を開催。教職員や発達障害のある子どもの保護者、両者の橋渡しを務める専門職の人など、北海道から沖縄まで、40あまりの都道府県から約350人が参加しました。

講演会は3部構成で行い、大阪市立大空小学校の初代校長を務めた木村泰子さん、精神科医で昭和大学附属烏山病院病院長の岩波明さん、それぞれによる講演と、参加者からの質疑にこたえながらの対談という内容でした。

「合理的配慮」は子ども同士がつながるためのもの

第1部では、木村泰子さんが「『ふつうの子』って、いますか?~指導を支援に変えると『あの子』は変わる~」と題して講演。

木村さんは、「校長を務めた9年間で、発達障害と診断され合理的配慮を受けてきた子どもが50人、年度途中に引っ越して転校してきた。この事実を共有してください」と前置きし、「合理的配慮」が結果的に「合理的排除」になってしまうことを危惧し、かつての教え子とのやりとりを紹介しました。

「一緒に学んでいきましょう」と参加者に呼びかける木村泰子さん

発達障害と診断されたその児童は、転校前の学校での出来事として、「姿勢を正して椅子に座っていると苦しくて息ができない気持ちになる。死んでしまう、と思って教室から逃げ出すと、先生が追いかけてきて教室に連れ戻され、授業を妨げたことを謝罪しろと教壇に立たされることがつらい。床に座れば教室にはいられるのに」と、木村先生に話したそう。

信頼関係を築き、耳を傾ければ、このように自分の言葉で語れる児童を、障害を理由に教室を分けて終わりにしてしまうことは「合理的排除」につながってしまうと話し、大空小学校に密着し製作されたドキュメンタリー映画「みんなの学校」の映像を交えて、4年生の時に大空小学校に転入してきた児童であるSくんの例を紹介。

Sくんは、同級生に「一緒に遊ぼう」と声をかけましたが、断られたうえ、理由を問うと自分を馬鹿にするような言葉を投げつけられました。悔しくなったSくんは砂をかけて反撃しましたが、「砂をかけた」という点だけを聞いた担任は、Sくんに同級生へ謝るように言ったそうです。このようなことが続く学校は、Sくんにとって地獄でした。

「学校なんてなくなってしまえばいい」と口にしていたSくん。大空小学校の先生たちは、根気よく周りの子どもたちとの関係性をつないでいきました。すると、卒業式では、この世で一番大切なことは「平和」と語り、しかも「平和ってとっても簡単。自分の隣にいる人を自分が大切にすればいい」と話すまでに考え方や振る舞いが変わったそうです。

合理的配慮の目的について話す木村さん

木村さんは、「子どもが自分の言葉を獲得するにはほかの子どもとの関わりが必要。『発達障害』を理由に思考を停止させるのでなく、ルールを理解できない児童がいたらルール自体を変えてみる、暴れて手を付けられない子がいたら、安全に思いっきり暴れられるスペースを用意してみるなど、周りの子どもと一緒に工夫を重ねながら、子ども同士の橋渡しをすることが教員の一番の役割なのではないか」、と話し、子どもたちにとって、学校がお互いの違いを尊重し、対等に接することができる場になるよう工夫し続けてほしいと締めくくりました。

発達障害の特性は環境次第でプラスにもマイナスにも

続く第2部では、岩波明さんが「先生の言うとおりに動かないのは『性格の問題』ではありません」をテーマに、発達障害の特徴と、発達障害と教育との関わりについて話しました。

自己紹介をする岩波明さん

冒頭で、発達障害について、捉え方や名称が時代時代で変わっている障害。医師にとっても正確に診断することが難しいことがある、と紹介。

岩波さんは、発達障害の類型として多く見られる「ASD(自閉症スペクトラム障害)」と「ADHD(注意欠如多動性障害)」について説明し、「ASD」の特徴として、空気が読めないことや他者とのコミュニケーションが苦手、ということは広く知られているものの、この特徴だけでは発達障害とは診断されない。それよりも特定のことへのこだわりが強いといった側面や言語発達の遅れといった点が診断には重要、と話しました。

また、発達障害の人はいじめ被害にあったり、ひきこもりになるケース、家庭内暴力の加害者になる割合が、そうでない人よりもずっと高いというデータを示し「発達障害の人が社会に不適応となるかどうかは、環境による要素が大きい。正しく診断され適切な支援を受けられれば、このようなデータにも変化がみられるのではないか」との見解を示しました。

最後に、障害や疾患というとマイナスのイメージを持つ場合もあるが、発達障害の場合は才能と捉えることもできる。有名な起業家やかつての文豪に発達障害と思われる人が多いことや、例えば「指示に従うことが苦手」は「自分自身の考えがあり、自立している」、「結果を考えずに行動する、粗暴」は「リスクを好み危険に立ち向かう、細かいことにこだわらない」という見方もできると紹介。発達障害のある人に対して別の視点をもってみると魅力が見えてくるのでは、と提案し講演を終えました。

発達障害の人に多く見られる特性を、ポジティブに捉えることを提案する岩波さん

見方の違い~教育と医学の異なる立場から~

講演会第3部では、参加者から寄せられた質問を交えながら、木村さん、岩波さんが対談。コーディネーターとして、約30年にわたり教育関連の取材を行っている、朝日新聞編集委員の宮坂麻子さんも加わりました。

当初100人の予定で参加者を募集したこの講演会には、予想をはるかに上回る申し込みが集まり、定員を450人に拡大。200件を超える質問が寄せられました。
その中でも特に相談の多かった、

  • その場に求められた振る舞いが苦手で、「迷惑」と捉えられかねない行動をする子への応対方法
  • おとなしいために一見するだけではわからないけれど、実は忘れ物が多かったり注意力が散漫だったりする子への支援のあり方
  • 保護者からの相談で、学校から子どもの障害特性について、ほかの保護者や児童の前で説明するように求められたが、どのように対応したらよいのか
  • 個別支援または、いわゆる「普通学級」のどちらを選ぶのが良いのか
  • 子どもとの関わりに悩んだ際の相談先

などについて、宮坂さんがお二人に問いかけました。
最初の質問について、岩波さんは、様々な業務をこなす教員ひとりに十分な支援を求めるのは難しい。診断の有無や家庭環境について話をじっくり聞くなど、対象となる子どもを「評価」できるシステムづくりが必要なのではないかと話しました。また、外国では問題なく生活できていたのに、日本に戻って初めて不適応を起こす帰国子女のケースが多いことを例に、諸外国のように少人数学級を実現することも有効なのではと述べました。

木村さんは、自身が校長を務めた際に学級担任制を廃止したことを挙げ、担任の力量の違いによる当たりはずれをなくし、全教員が一丸となって入学から卒業まで通して子どもの育ちを見守る方針に転換したことを紹介したうえで、「迷惑」と捉えられかねない行動は、子ども自身が何かに困っているからこそのSOS。たとえば、同級生を叩くのは何かに困っているからかもしれない。困っている子に困るな、と封じるのはおかしいのでは、と参加者に問いかけました。

「トリック・スター」、「その子が、その子らしく育つこと」

対談の最後で、宮坂さんは、発達障害の人が「ともに学ぶため」に必要なキーワードをお二人にリクエスト。岩波さんは「トリック・スター」を挙げ、木村さんは「その子が、その子らしく育つこと」をキーワードに挙げました。

「トリック・スター」とは、もともとの「道化」の意味が転じて、状況を急に変えたり、規格外の行いをする人に用いられるようになったそう。特定のことに対する際立った能力を発揮する発達障害の人は、このトリック・スターになる可能性を秘めている。「変わった人」「指示に従わない人」という捉え方から、「なにかすごいことを成し遂げるかもしれない人」と違う尺度で見てみては、と提案しました。

木村さんは、「その子が、その子らしく育つこと」。それを実現するためには何が必要なのか。それを考え続けることが今の時代の教員には求められているのではないか、と話し、対談終了となりました。

木村さんが挙げるキーワード「その子がその子らしく育つこと」

参加者からは、「木村先生は『信念』をもって、岩波先生は『根拠』をもっての話だと感じた」「医療は個人をターゲットにし、教育は場をターゲットとする支援の視座の違いを感じた」「教育という領域からのアプローチである木村先生、医療という領域からのアプローチの岩波先生の異なる意見を聞き、どちらの立場に立ちたいか、自分自身の考えが深まった」「具体的な実践事例を聞きたかった」「医学的な観点と学校現場の思いや考え方の違いなどもっと掘り下げて」などの感想が寄せられました。

当事業団は、保護者の立場と教職員の立場、教育的見地と医学的見地など、異なる意見が存在する「ともに学ぶこと」について、今後も対話の機会を設け、お互いの共感や協働へと結び付けていく取り組みを続けていきたいと考えています。また、今回紹介できなかった多数の質問については、改めて講師の意見や実践例を聞く機会を持つことを検討しています。今後も関心を寄せていただければ幸いです。