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朝日新聞厚生文化事業団トップページ 最新のお知らせ 研修会ご報告:声にならない「本音」に耳を傾ける 〜社会的養護経験学生・社会人が語るサポートの願い〜

これまでの活動

研修会ご報告:声にならない「本音」に耳を傾ける
〜社会的養護経験学生・社会人が語るサポートの願い〜

2025年5月16日(金)に神奈川県で開催された「こどもが目標に向かうためのサポートを考える研修会」のご報告です。本研修会は、全国児童養護問題研究会 神奈川支部が主催し、ぴあ応援団、ゼンショーかがやき子ども財団、朝日新聞厚生文化事業団の協力のもと実施しました。

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この研修会の最大の特徴は、企画・運営、そして登壇者の多くを、社会的養護を経験した現役学生や社会人が担ったことです。自分たちの生きた経験に基づき、これから目標に向かっていく子どもたちに本当に必要とされるサポートについて、大人の支援者の皆さんへ、また中高生に向けて、率直な「本音」を届けたい。そんな想いで準備を進めてきました。

当日は、養育関係者の方々や中高生など、対面とオンライン合わせて28名の方にご参加いただき、若者たちの言葉に熱心に耳を傾け、活発な質疑応答が交わされました。

第1部:体験談トーク - 進学・進路選択のリアルな声

第1部では、大学で学ぶ3名の学生、ゆきさん(美術専攻、20歳)、あいさん(社会福祉学科、21歳)、まいさん(外国語学部、20歳)が登壇しました。それぞれが、一時保護や児童養護施設での経験があり、現在は施設を出て一人暮らしをしながら大学に通っています。

トークの中で共通して語られたのは、目標を見つけるためには、まずは「多様な経験が大切」だということでした。まいさんは、様々な説明会やオープンキャンパスに参加する中で英語を学ぶことを決め、留学を目標に努力を続けた経験を話してくれました。ゆきさんは、幼い頃の夢から始まり、医療系を経て美術へと進路を変えた自身の道のりを振り返り、過去を振り返ることが進路選択に役立つと伝えてくれました。

進学に向けて大変だった時期の「支え」については、あいさんが、疲れて帰った時に「おかえり」と笑顔で迎えてくれたことや、進学の努力を応援し、話を聞いてくれた日々の温かい声かけを挙げました。ゆきさんは、親身に相談に乗ってくれたり、勉強に行き詰まった時に夜食を作ってくれたりした職員さんの存在が心強かったと語りました。悩んでいる時に、ただ聞くだけでなく、新しい情報を提供してくれたり、一緒に学校見学に行ってくれたりしたことが、今の自分にとって大きな指標になったと強調。大人が余裕を持って接し、子どもたちの視野を広げるためのサポートをすることがいかに重要か、そして、最悪の場合を先回りして考えてくれる支援も後になって助けになった、と付け加えていました。

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金銭面での課題が大きい中、まいさんは、奨学金の情報提供や、自身が多数の奨学金に応募する際に必要だった推薦状作成に協力してくれた職員さんに感謝を述べていました。あいさんは、言葉足らずになりがちな話をうまく引き出し、まとめてくれる職員さんとの会話を通じて、自分の気持ちや状況を客観的に理解できるようになったことがとても良かったと振り返っています。

一方で、少し大変に感じた支援としては、職員さん同士のでの引き継ぎが十分でないことや、毎回同じ説明をしなければならない煩わしさを挙げました。重要な決定について、子ども自身が職員さん一人ひとりへの説明を求められた経験も、面倒に感じたエピソードとして共有されました。

また、施設出身であることを友達に伝えるかどうかの難しさについても語られました。ゆきさんは、転校時初日に、担任の先生に「ゆきさんは施設で暮らしている」と一方的に紹介された戸惑いを紹介。また、施設出身であることが噂になりやすい現実や、高校入学時に携帯を持っていなかったことによる友達作りの難しさ、施設のスマホ制限が進学情報の収集に影響した可能性についても挙げました。時代が変わっても制限が残っていることへの悲しさや反発心、お泊まりが許されなかった経験なども共有され、社会的養護のもとで暮らす子どもたちが直面する現実的な制約が指摘されました。

第2部:施設・里親経験と進路選択の葛藤

第2部では、まなみさん(法律政治学専攻・21歳)となつみさん(人間科学専攻・22歳)が登壇しました。お二人は、虐待や一時保護、施設入所、精神科入院、里親家庭での経験など、様々な困難を乗り越え、高校を卒業せずに高卒認定を取得したり、中退後に定時制高校に入り直したりと、多様な道を辿って大学に進学した経験を話してくれました。

まなみさんは、中学・高校時代に学校に通わせてもらえなかった経験から「小卒になってしまう」という危機感が大学進学のきっかけになったと振り返りました。「大卒」という経歴が欲しかったという率直な言葉からは、目標設定の多様な動機があることが伝わりました。

なつみさんは、高校中退後に就職せざるを得なくなった経験を語り、働きながらでも制度を活用すれば生活費の負担を軽減できることや、アルバイトをしながら定時制高校に通い直して大学を目指すことも可能だと気づき、「自分の人生もここから全部ずっと中卒で労働じゃなくて、やりたいことをやり直せる機会なんて全然あるんだな」と視野が広がった経験を話しました。

「意欲がない子ども」への接し方について、まなみさんは、ご自身のいた施設で進学率が非常に低く、「どうせバカだから」「そんなの無理」と施設にいるという潜在意識により自己肯定感が低くなり、可能性を諦めてしまう子どもたちの現状を目の当たりにしてきたと語りました。そして、大学に行きたいと伝えてもサポートがほとんどなかった経験から、「大人の声掛けや姿勢が、子どもたちの持つ可能性を奪って良いわけが無い」と訴えました。大人は子どもたちの意思を聞く前に諦めるのではなく、「可能な限り多くのチャンスを与えるべき」と繰り返し強調し、子ども自身が無理だと言っても、より広い世界を見せるために声をかけ、前を向かせるのが大人の役割だと、社会的養護経験者としての願いを語ってくれました。

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なつみさんは、助けになった支援として、自分だけでは調べられない制度や身を寄せられる場所、奨学金に関する情報を専門的な知識やパイプを持つ職員さんに調べてもらい、紹介してもらえたことを挙げました。高校中退後に未成年で家が借りられない状況で別の身を寄せられる場所を教えてもらえたこと、奨学金財団を紹介してもらえたことが、今大学に通えている一番の支えになっていると振り返りました。

一方で、「助けにならない支援」としては、子どもの「やりたい」という気持ちを受け止めずに、現実的な意見や今の職場で頑張ることを押し付けようとすることを挙げました。たとえ現実的でないように見えても、一度子どもの気持ちを受け止め、一緒に調べて検討し、相談相手になってあげることが大事だと強調されました。子どもの気持ちが向いている方向性で一緒に考えてあげてほしい、という願いが込められていました。

質疑応答では、一人暮らしを始めてから困った時の相談相手についても意見交換がされました。施設を出てからは誰にも相談していない、担当職員さんとも連絡を取らなくなった、という経験や、話しやすい職員さんがいると相談しやすく、応援が心強いという共通認識が示されました。

第3部:就職とその先のキャリア

第3部では、児童養護施設を卒園後に就職されたユイさん(飲食店勤務、21歳)とののかさん(ネイリスト、社会人3年目)が登壇しました。

ののかさんは、高校時代に様々な美容分野を調べ、時間や費用を考慮してネイリストを選んだ経験を紹介しました。ユイさんは、施設が提供してくれた多様な職業体験の機会が、目標を見つける上で非常に大きかったと強調。小学生から高校生まで、農業や調理師など様々な職場で体験することで、自分の得意・苦手、そして本当にやりたいことを見つけることができたと言います。「できないこと」の克服よりも、「したい夢に向かって努力する」ことの方が重要だと述べ、子どもに多様な経験の機会を提供することの重要性を訴えました。

助けになった支援としては、子どもを他の人と比べるのではなく、その子自身のできているところを見つけ、褒めてあげることが大切だと、ユイさんは他の子どもへの大人の対応を見て感じた経験から語りました。人と比較されたり、否定的な言葉をかけ続けられたりすると、意欲がなくなり自己否定感が強まる、と率直に話してくれました。

全体質疑応答 - 大人への率直なメッセージ

セミナーの終盤には全体質疑応答の時間があり、参加者の大人たちから「信頼関係の築き方」や「話しやすい職員・話しにくい職員の特徴」など、質問が出されました。

施設に長くいる子どもが「職員がどうにかしてくれる」と思いがちな傾向があること、それを理解した上での関わりの工夫が必要だという学生からの意見も出ました。

進学したいが自信がないという子どもへの声かけとして、まなみさんは「小卒で大学に行った人もいるから大丈夫」と自身の経験からエールを送りました。意欲があること自体を評価し、その可能性を信じること、ネガティブな言葉を繰り返す子どもには「あなたはすごい」「何でもなれる」と繰り返し褒めること、夢に向かって「今から何ができるか」を一緒に考え、伴走することが重要だと語られました。褒め言葉を書き出したカードを周囲の大人がつくるなど、ポジティブなフィードバックを目に見える形で伝えることも効果的だという具体的なアドバイスもありました。

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最後に、就職後の転職について、転職を経験したユイさんが、就職後もミスマッチや労働環境の問題に直面する可能性があるため、その先の転職支援も社会的養護経験者にとっては重要なサポートと話しました。

今回の研修会では、社会的養護を経験した若者たちが、自身の経験に基づいた「本音」と、大人への支援の願いを、飾らない言葉で届けてくれました。参加された支援者の方々も、若者たちの真摯な言葉に深く耳を傾けてくださり、熱心な質疑応答を通じて、子どもたちの目標達成をサポートするために何ができるか、共に考える貴重な時間となりました。

今回の研修会で語られた若者たちのリアルな声が、これからの支援のあり方を考える一助となれば幸いです。

参考資料:開催案内チラシ