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朝日新聞厚生文化事業団トップページ 最新のお知らせ 連載インタビュー 「保育の質」を考える~子どもにとって、より良い保育のために~ 第2回:村山祐一さん(前編)

最新のお知らせ

連載インタビュー
「保育の質」を考える~子どもにとって、より良い保育のために~
第2回:村山祐一さん(前編)

文:河井健

村山 祐一 (むらやま ゆういち)さん
保育学研究者、保育問題アナリスト、保育研究所所長、「保育白書」編集委員、社会福祉法人加須福祉会理事長、同福祉会みつまたエコ・エデュケアーセンター代表

1942年生まれ。69年法政大学大学院社会科学研究科修士課程修了、社会福祉法人加須福祉会三俣保育園園長などを経て、1998年10月鳥取大学教育学部教授に就任。2003年9月鳥取県との協力で鳥取大学地域学部に鳥取県中堅保育士長期研修事業創設に参加。2005年4月鳥取大学地域学部に保育士養成コース創設に参加。帝京大学文学部非常勤講師に就任、2006年3月鳥取大学付属生涯教育総合センター教授を退任。2006年4月帝京大学文学部(現在教育学部)教授に就任、2008年4月帝京大学教職大学院教授兼任。2013年3月末帝京大学教育学部教授、帝京大学教職大学院教授を定年退職。

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保育現場の実情

保育園での不適切な保育がたびたびニュースで取り上げられています。個別の事情はあるでしょうが、その背景として保育士の過酷な労働環境が指摘されることもあります。かつてと比べ、保育を取り巻く状況にどんな変化があったのでしょう?

保育の現場はこの20年ほどで大きく変わりました。最大のきっかけは2001年に当時の小泉政権が打ち出した「待機児童ゼロ作戦」です。保育園の定員を大幅に増やすなどして待機児童の解消を目指すという内容でした。取り組みはそれ以降の政権にも引き継がれます。行われたのは大幅な規制緩和でした。

具体的にどのように緩和されたのでしょうか?

国が定める保育士の配置基準は0歳児が3:1(子ども3人に対し保育士1人)、1~2歳児が6:1、3歳児20:1、4・5歳児は30:1です。かつては常勤保育士が基本でした。また、長時間開所する保育園は少なく、原則として8時間だったんです。ただ、そのままでは待機児童を解消できない。このため、国は基準の緩和に踏み出しました。

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常勤の配置はすでに一部緩和されていたのですが、小泉政権以降、さらに「大幅に常勤を非常勤に置き換えてもいい」と改められました。

これにより何が起きたか。たとえばですが、1クラスに常勤の保育士が3人いたとします。規制緩和により、1人だけ常勤とし、残り2人の常勤枠をそれぞれ2人の非常勤に置き換えることが可能になりました。保育士の人数としては常勤1人+非常勤4人の計5人ですが、非常勤は午前だけ、午後だけ、といった勤務なので、常勤の1人が調整役をしなければならない。また、発達の記録や保育日誌などを書けるのも、終日子どもを見ている常勤1人になり、負担が大幅に増えるようになったのです。さらに、常勤者3人の時は工夫して話し合える場もつくることができましたが、午前だけ、午後だけの人も含めた5人(常勤1人+非常勤4人)になると、みんなで話し合うことがほとんど不可能になります。

配置基準は子どもの年齢が低いほど手厚いですよね。低年齢の園児がたくさん在園していると、その分、保育士も必要になりそうです。ここ20年で、保育園が預かる子どもの数はどのように変化してきたのでしょうか?

保育園に通う子どもは増えていますが、なかでも0~2歳の低年齢児が急増しました。まず全体の数を見てみましょう。0~6歳児のうち、2000年に保育園に通う子どもの割合は25%程度でした。これが2020年になると51%と5割を超えます。

次に年齢別で見てみます。2000年当時、保育園に通う0歳児はわずか6%弱でした。ところが2020年には約18%に増加。19%だった1~2歳児も56%に増えました。

つまり、全体で見ると、保育園に通う子どもの割合は2倍になったのですが、0~2歳児に関していうとほぼ3倍に増えたわけです。かつての保育園は3~6歳児が中心でしたが、今や0~2歳児からの保育に変わっています。

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保育時間にも変化がありますか?

長時間保育が増えています。先ほど述べたように、以前の保育園の開所時間は原則8時間。長くても9~10時間でした。実際、2000年当時、11~12時間開所している保育園は全体の37%でしたが、現在では倍近い61%になりました。12時間以上も3%から21%に増えています。

この20年で、保育所に通う低年齢児は増え、保育時間も延びた。その期間に規制緩和が重なっているのですね。

そうです。低年齢児が増加する、保育時間が長くなる、という状況が続いてきたにも関わらず、保育士の数は実質的には増えていません。それどころか、常勤保育士の負担感が増している。そんな状態がどの保育園でも常態化するようになっていきました。現実問題として、国の配置基準を満たすだけでは、保育はできません。

国の調査や保育団体のデータを分析すると、だいたい基準の1.6~2倍の保育スタッフを配置していることがわかりました。この数字には看護師や保育士の資格を持たない無資格者も含まれます。規制緩和により、一定の条件を満たす保育施設について、看護師らを保育士とみなすことなどが認められるようになったからです。

ただ、無資格者について、必ずしも行政から補助金が出るわけではありません。「雇っても構わないが、お金は出せない。補助金は常勤換算した保育士らの人数で支払う。その中から人件費を工面して」というケースがあるんです。保育施設側の負担感はすごく大きい。それでも基準通りでは保育ができないから、割増しした保育スタッフを配置しているんです。

現在の岸田政権は「保育士・幼稚園教諭等処遇改善臨時特例事業」として、2022年2月から月額9000円ほど保育士らの収入を引き上げたとしています。

さかんに言っていますね。でも、支給されるのは「カウントされた職員の分」だけなんです。定められた配置基準の保育士らの人数に基づいて金額を算出している。たとえば基準では「10人」とされる施設が、16~20人のスタッフを配置していたとしても、施設側に支払われるのは10人分のみ。つまり、9000円は10人分だけの支給のため、それを16~20人に分配することになります。「処遇を改善した」と言われても、現場では「実感がわかない」という意見が多いんですよ。しかもその事務処理が複雑なため園長や主任保育士の負担が増え困惑しているようです。

さらに、最近では「75年ぶりの配置基準改善」として4・5歳児30:1を25:1に、1歳児6:1を5:1に改善する案が政府から出されています。この改善は1歩前進ですが、この改善では保育士が0.6人分程度ふえるたけで、とても不十分であり、さらなる改善が求められます。

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特例事業では幼稚園教諭も引き上げの対象とされました。

幼稚園の配置基準は1学級あたり専任教諭1人。1学級の子どもの数は原則35人以下で、教育時間は標準4時間とされています。保育士と同水準の引き上げが行われたので、若干の処遇改善にはなったと思います。

ただ、保育の側から見ると、子どもと接する時間は保育士のほうが長いので、幼稚園より引き上げ幅が多くていいと思うのですが、そのようにはなりませんでした。

保育園も幼稚園も、公定価格(公費負担+利用者負担)は、主に定員の規模ごとに設けられた子ども一人あたりの「基本分単価」と「加算」によって設定されています。このうち保育園と幼稚園では「加算」の部分に大きな差があると聞きました。

そうです。保育園の場合、どの保育園でも適用になる加算は「主任保育士」だけで、一般の保育士に関する加算はありません。一方、幼稚園では、全園対象で「副園長・教頭配置加算」があり、定員に応じて1~8人が加配となる「チーム保育加配加算」がありますが、両方とも保育園にはありません。また、2019年から、定員35人以下、121人以上の幼稚園では「講師配置加算」というのもあります。さらに、基本分担単価においても、幼稚園は全園に学級編成調整教員1人が配置されていますが、保育所にはありません。

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こうした結果、幼稚園では3歳児19~20人に職員2人、4~5歳児でも20~30人に職員2人を配置することが公定価格基準で可能になります。対する保育園の公定価格基準では、3歳児20人に保育士1人、4~5歳児30人に保育士1人なんです。

保育時間が長いにもかかわらず、保育園のほうが加算や配置で厳しい状況にあるのですね。

はい。何度か国の担当者に「ちょっとおかしいんじゃないか。子どものことを考えたら、保育時間が長ければ多くの手間がかかるし、その分、保育士らも多く配置されるのが当然ではないか」という話をしました。まず、先ほど話した幼稚園の職員配置基準を保育所にも適用するなどの施策を進めていただきたい。その上で、保育時間や保育日数の長さに応じた改善を進めることが必要です。

行政には、保育現場の実態と現行の制度が合っていないことについて、実態を踏まえた改善策を推進していただきたいと思います。

今の政権でこども家庭庁ができました。目指しているのは(常にこどもの最善の利益を第一に考え、こどもに関する取組・政策を社会の真ん中に据える)「こどもまんなか」社会です。であれば、保育園と幼稚園に差があるのは望ましくない。

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処遇の格差は子どもの保育の格差ということになります。国は平等の原則も掲げているわけですから、通う先で子どもに差がつくようなことをすべきではありません。

保育士が少ないことで、具体的にはどのような問題が生じているのでしょう?

まずは、子どもの一人一人の思いをきちんと受け止めることができないことです。子どもの思いを受け止めるために、保育で一番大事なのは、その日の保育を振り返ることです。自分や同僚が見た子どもの状況を保育士同士が語り合い、「この子にはこういう手当が必要だ」などと意見交換する必要があります。

ところが、先ほど述べたように、今や1日11時間、12時間開所している保育園も少なくない。一方で、1日8時間労働・完全週休2日制が定着しています。一人の保育士が同じ子どもをずっと見続けるのは難しく、何人かで分担することになる。非常勤だけでなく、常勤の保育士も早番、中番、遅番という形で時差出勤してきます。交代で休憩をとる必要もある。結果として、園全体での会議はほんのわずかしかできないし、担当する年齢ごとでの話し合いも持ちにくい。昼寝の時間帯や昼休み等を充てるなどしていますが、限界がきています。

保育士らが一番不安になるのは、お互いに話す機会がないということ。一番大事な話し合いが持てない状況で、重大事故一歩手前の「ヒヤリハット」や不適切な保育が起きる危険性が高まっていると感じています。保育士不足で、一番被害を受けるのは子どもたちです。

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